大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1492号 判決

原告 三五竜平

被告 菅家央

主文

一  被告は原告に対し九〇四、九〇〇円及びこれに対する昭和三一年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り三〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

被告は原告に対し一一一万円及びこれに対する昭和三一年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

以上について仮執行の宣言を求める。

二  被告

原告の請求を棄却する。

第二主張

一  原告(請求の原因)

(一)  原告は昭和二三年四月中、被告からその所有の港区芝琴平町一番地三〇号所在木造平家建住宅一戸建坪一二坪(以下これを従前の建物と呼ぶことにする)のうち八坪五合の事務所を権利金として一二七、〇〇〇円を支払い賃料一ケ月三千円毎月末払の約で期限の定めなく賃借した。

(二)  昭和二七年中、従前の建物のうち残りの三坪五合(居間)をも賃借物件に含めることにし、原告は被告に対して新たに敷金一万円を差入れ、賃借物件を従前の建物全部、賃料一ケ月一二、〇〇〇円に従前の賃貸借契約を変更した。

(三)  さらに原告は昭和二九年九月二七日被告に対し新たに敷金五万円を差入れ賃料を一ケ月一五、〇〇〇円に改訂した。

(四)  被告は昭和三〇年九月二七日に至り従前の建物の賃借人である原告に対し右建物を取り毀してその跡に二階建建物一棟を建坪三〇坪二階三〇坪を建てこれを一階は間口二間宛三戸の店舗に仕切り、二階は六畳一室と四畳半二室の居間とする、そして同月一一月末日までにこれを完成するから完成したら階下中央の一戸(一〇坪)と二階奥四畳半の一室を従前と同じ借家条件で賃貸するから一時適当なところに移転してほしい旨の申込があつたので原告はこれを承諾し、こゝに従来の賃貸借契約を解消し、新たに被告が建設する右建物の階下中央の一戸一〇坪及び二階奥四畳半一室について、その引渡期限を昭和三〇年一一月末日とし、既に差入れてある敷金六万円を右賃貸借契約の敷金に充当し、賃料その他の借家条件については従前の通りとする賃貸借契約を締結しその頃隣家の訴外上田長太方に移転した。

(五)  ところで、被告は従前の建物を取毀しそのあとに昭和三〇年一一月末、木造二階建店舗兼事務所三戸建一棟建坪三〇坪外二階三〇坪(以下本件建物と呼ぶことにする)を完成したしかるに原告は被告に対しその頃から数次にわたる前記賃借物件について引渡を求めたのに拘らず被告は右引渡義務を履行しないので昭和三一年二月二三日付書面で被告に対し同月二五日までに右引渡義務を履行するように催告し、もし右期日までに履行しなければ当然に本件建物の賃貸借契約は解除されたものとする旨の意思表示を発し、右書面は同月二四日被告に到達したが被告は右催告期間に履行しなかつたから右二月二五日の経過によつて当然に解除の効果の効果を生じたものである。

(六)  原告は被告の債務不履行による解除によつて右賃借物件を使用収益することができなくなつた。

従つて被告は原告に対しそれに因り生じた損害を賠償すべき義務がある。

思うに建物賃借権は、賃借人が建物を利用しうる権利であるから賃貸人の引渡義務不履行によつて賃借人の被つた損害は右建物の利用価値に対応する損害である。賃借建物の利用価値は客観的に評価せられる財産的価値であることは社会通念上明白であるばかりでなく、税法上は財産税、相続税の課税対象となり会社財産上積極的財産として計上せられている事実に照し疑問の余地はない。

而して賃借建物の利用価値は一般に建物賃借権の客観的価値と一致し少くともその額を下らないものと解せられるので原告は右賃借権の解除の時の価格一〇五万円(階下一坪当り一〇万円として計一〇〇万円、階上は五万円)を以て右損害賠償の額とする。

(七)  原告が被告に対し従前の建物について既に被告に差入れてある敷金については昭和三〇年九月二七日従前の建物についての賃貸借契約を解消した際これを本件建物の階下中央一戸と二階奥四畳半一室についての賃貸借契約の敷金に充当する旨の合意が成立したものであるところ右賃貸借は前述のように解除によつて終了したものであるからその敷金返還債務については期限が到来したものというべきである。

(八)  よつて、被告に対し一〇五万円の損害賠償、六万円の敷金の返還並に以上合計一一一万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和三一年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(答弁)

原告主張の請求原因中

(一)の事実のうち、被告が従前の建物を所有していたことは認めるがその余の事実は否認する。もつとも、原告主張の時期に、被告が従前の建物のうち八坪五合を訴外東部化学株式会社に原告主張の如き借家条件で賃貸したことはある。原告は右訴外会社の取締役として右契約成立に関与したに過ぎない。

(二)の事実は否認する。もつとも右訴外会社は、昭和二五年頃解散したので被告は訴外三洋理化株式会社に賃料を月五、〇〇〇円に増額して引続き貸与したところ同会社もその後解散し被告は訴外株式会社酸工商会に賃料を月八、〇〇〇円に増額して賃貸したが、昭和二七年中、同商会が被告に対しその事務員である訴外佐藤丈二が住居がなくて困つているから従前の建物中従来の賃借部分以外の六畳間一室(三坪五合)を貸してほしいと申込だので被告はこれを承諾し、賃料月額四、〇〇〇円敷金一万円の約で右佐藤の住居にする目的で同商会に賃貸し同商会から右敷金を受領したことはある。

(三)の事実について

原告主張の日原被告間に、従前の建物のうち八坪五合は賃料月一万円、敷金五万円、三坪五合(六畳間)は賃料月五、〇〇〇円で引続き佐藤の住居にする目的で賃貸借が成立し、被告は敷金五万円を原告から受取つたことはある。

従つて、このとき始めて原告に対し従前の建物を賃貸したものである。

(四)(五)の事実について

被告が昭和三〇年九月原告に一時仮移転してもらい従前の建物を取毀してそのあとに木造二階建店舗兼事務所三戸建一棟建坪三〇坪外二階三〇坪の建物(これを間口二間宛三戸に仕切り二階は六畳一室と四畳半二室とする)を建築し同年一一月中これを完成したこと及び原告主張の如き意思表示を記載した書面が昭和三一年二月二四日被告に到達したことは認めるがその余の事実は否認する。

被告が原告に対し仮移転を求める際に申入れたのは、本件建物を完成後は本件建物の階下中央の一戸の内の奥の方の半分と二階の四畳半一室とを原告に賃貸するということであり原告はこれを承諾して立退いたものである。

なお賃料については、坪数が減少する一方建物が従前のバラツク建築から新築の本建築となるので完成後に協議することにしたものである。

しかるに本件建物の完成後、原告は前記約定を覆し階下中央一戸の全部と二階四畳半を借受ける約であつたと主張して前記書面でその引渡を求めて来たのであるがこれが被告に到達したのは昭和三一年二月二四日であつて、被告としては書面による回答ができなかつたため被告代理人黒沢辰三を通じて電話を以て原告代理人吉永多賀誠に対し、原被告間では、新築家屋の階下中央一戸の奥半分と二階四畳半一室を賃貸する約になつているからその約束の範囲内でいつにても原告の使用を認めること及び被告は敷金三五万円を請求するものではない旨回答するとともに、右中央一戸の奥半分と二階四畳半の一室を原告に引渡しうる状況においたのに拘らず、原告がこれの使用を開始しないのであるから被告にはなんら債務不履行の点はなく本件賃貸借が解除されたとの原告の主張は失当である。

(六)の事実及び法律上の主張は争う。

(七)の敷金返還請求の点について

敷金一万円については、前述のように訴外酸工商会が被告に差入れたものであつて原告とは関係がない。

敷金五万円については、昭和三〇年九月従前の建物についての賃貸借契約を合意解約した際、これを本件建物の中央一戸の奥半分と二階四畳半についての賃貸借契約の敷金に充当する旨の合意が成立したものであるが(従つて五万円の範囲においては原告主張の合意の成立は認める)、本件建物の完成後、二階四畳半の部分についてはその後解約されたが階下中央一戸の奥半分についての賃貸借は現在なお存続しているものであるから未だ右敷金返還期限は到来していない。

第三証拠

一  原告

(一)  甲第一、二号証、同第三号証の一、二を提出。

(二)  証人鈴木芳雄、(一、二回)同上田長太、同佐藤丈二(一、二回)の各証言。

鑑定人金沢良平の鑑定の結果。

原告本人尋問の結果(一、二回)を援用。

(三)  乙号各証の成立を認める。

二  被告

(一)  乙第一号証の一、二を提出。

(二)  証人斎藤恒治、同上田長太の各証言を援用。

被告本人尋問の結果(一、二回)を援用。

(三)  甲号各証の成立を認める。

理由

一、従前の建物についての賃貸借の関係

原、被告各本人尋問の結果(いずれも一、二回)に弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることができる。

被告は、その所有に係る従前の建物のうち、事務所八坪五合を昭和二三年四月頃訴外東部化学株式会社に権利金一二七、〇〇〇円を差入れさせて賃料一ケ月三、〇〇〇円の約で期限の定めなく賃貸したところ、その後同会社は右賃貸権を訴外三洋理化株式会社に上記会社は更にこれを訴外株式会社酸工商会に譲渡したが被告はその都度その譲渡について承諾を与えた。

酸工商会は、原告に対し昭和二七年頃その従業員の訴外佐藤丈二の住居に供するため右建物中残り三坪五合の部分(居間)をも含めて賃借したいとの申出があつたので被告はこれを承諾して、同商会から新たに敷金として一万円を差入れさせて従来の賃貸借の目的物を右建物全部とすることに前記賃貸借契約の内容を変更した。

同商会は、昭和二九年頃右賃借権を原告に譲渡したのであるが被告は同年九月二七日原告から新たに敷金として五万円を差入れさせて賃料を一ケ月一五、〇〇〇円に増額する協定を結んで右譲渡を承諾した。

証人佐藤丈二、同鈴木芳雄の証言、原被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれも信用することができず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二、本件建物についての賃貸借関係

成立に争のない甲第二号証に、証人佐藤丈二、同鈴木芳雄の各証言並びに原告本人尋問の結果(以上はいずれも一、二回)を綜合すると次の事実を認めることができる。

被告は、昭和三〇年九月、従前の建物について前記認定の賃借権を有する原告に対し、右建物を取り毀してその跡に建坪三〇坪二階三〇坪の二階建家屋一棟を建築し一階を間口二間宛三戸の店舗に仕切り、二階を六畳一室と四畳半二室の居間とするが遅くとも同年一一月末頃までには右建築を完成するから完成次第階下中央の一戸一〇坪と二階奥四畳半の一室を賃貸するからそれまで一時仮移転してほしいと申込んだところ原告はこれを承諾し同月二七日頃右建物の隣家の訴外上田長太方に移転したので被告は直ちに右建物の取毀し工事並に前記新築工事に着手し同年一一月下旬右建物の跡に木造二階建店舗兼事務所三戸建一棟建坪三〇坪外二階三〇坪(本件建物)を完成した。

(以上の事実中被告において昭和三〇年九月原告に一時仮移転して貰い従前の建物を取毀してその跡に本件建物を建てこれを同年一一月中に完成したことについては当事者間に争がない)

証人斎藤恒治、同上田長太の各証言並びに被告本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は前掲各証拠に較べて信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前段認定した事実から見ると、原告と被告との間において、昭和三〇年九月頃、従前の建物についての右当事者間の賃貸借契約を解約し、新たに被告において遅滞なく(遅くとも同年一一月末頃までに)本件建物を完成、相当賃料額により期限の定めなく原告にそれの一階中央の一戸と二階奥四畳半の一室を使用収益させる旨の賃貸借契約が成立したものと認めることができる。

三、本件建物についての賃貸借の解除について

成立に争のない甲第三号証の一、二、乙第一号証の一、二に、原告本人尋問の結果(一、二回)と弁論の全趣旨をあわせて考えると、次の事実を認めることができる。

本件建物が昭和三〇年一一月下旬に完成したので同年一二月初旬頃原告は被告に対し前記約定に基き速かに右建物の階下中央の一戸と二階奥四畳半の一室を引渡すよう口頭で催告したところ被告はこれに応じないので、原告代理人吉永多賀誠弁護士において昭和三一年二月二三日付書面で被告に対し、同月二五日までに前記建物部分の引渡を催告し、もし右期間内に履行のないときは同月二五日の経過とともに本件建物の右部分に存する賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右書面は同月二四日被告に送達された(右書面の到達の点は争がない)ところ、被告はその代理人である黒沢辰三弁護士を通じて電話で原告に対し本件建物の階下中央の一戸の奥半分と二階奥四畳半については原告の使用ができるように準備してあるからいつからでも使用収益を始めて差支えないけれども階下中央の一戸の前半分については賃貸物件にその部分も含めることを約束したことはないから引渡請求には応ぜられない旨回答したにとどまり、本件建物の階下中央の一戸の前半分の部分の引渡については右期限内に遂に履行されなかつた。

そして右認定を左右するに足る証拠は見当らない。

以上認定した事実から見ると、被告は昭和三〇年一一月下旬に本件建物を完成したのであるから以後遅滞なく前記約定に係る賃貸部分を原告に引渡すべき義務があるところ、被告は原告の昭和三一年二月二四日到達の書面による催告兼停止条件附解除の意思表示に対してその催告期間内において階下中央の一戸の前半分について、履行拒絶の意思を表示してこれの引渡を履行しなかつたのであるから催告期限たる同月二五日の経過とともに、前記賃貸借契約は全面的に解除されたものというべきである。(本件においては賃貸物件である階下中央の一戸一〇坪と二階奥四畳半一室のうち階下中央一戸の前半分の部分のみについての引渡義務の履行遅滞があつた場合であるが、証人佐藤丈二の証言、原告本人尋問の結果(一、二回)によると、原告は従前の建物で港酸素株式会社の実質上の経営者として数人の使用人を雇つて同所に数個の机を置いてその事業の事務所に用いていたこと本件建物の中央(階下)の一戸の店舗では同様の使用をすることを当然前提にして前記賃貸借契約を結んだものであることを認めることができるから、本件の如き店舗(事務所)を主要部分とする賃貸借においてその店舗のその前半分が使えないということになれば殆ど賃借の目的を失うことになるものといわざるをえないので給付の内容が不可分の場合に該当するものとして前記賃貸借契約は全面的に解除されたものと解するのが相当である。

四、右解除による損害賠償について

解除権の行使は損害賠償の請求を妨げないもの(民法第五四五条三項)であるが、相手方の履行遅滞を理由として契約を解除した場合における損害賠償額は履行に代る損害賠償額(填補賠償額)から解除権を行使した者が自己の債務を免れまたは給付したものの返還を請求することによつて得る利益を差し引いた残額であると解する。本件の場合について考えると、被告の賃貸物件引渡債務の不履行に因る解除によつて、原告は建物賃借権に基き将来その建物(本件建物中階下中央の一戸一〇坪と二階四畳半一室)を継続的に使用収益することができなくなり反面その間の賃料支払債務を免れることになるのであるからそれを相殺してなお得べかりし利益が原告の被告に対して求めうる損害賠償額といゝうる。

さて、本件の如く期限の定のない建物賃借権の場合において具体的に右の建物使用により得べかりし利益の算出をすることは極めて困難なことであると考えられる。だからといつて右の場合その立証がされないからとして賃借人からの損害賠償の請求を一概に排斥してしかるべきものであろうか。

そこで考えるに建物賃借権はそれを譲渡するについては賃貸人の承諾を要するものであるから賃借人において自由に譲渡することはできないものであるが本件建物の存する地域の如き東京都の都心地においては店舗及び事務所が一定の価格を以て売買されている事実のあることは当裁判所に顕著であつて、本来賃借人の使用収益の対価は賃料(家賃)であるけれども、近時種々の原因がからみあつて(主として地代家賃統制令の影響、店舗事務所を賃貸するに際しては賃貸人が建築費の調達などのために、賃借人から権利金或は高額の敷金を徴するのを通例とすること〔敷金の場合は返還期までの間利息をつけないのが普通であるから高額の場合にはその金利相当額は相当多額の収入となる〕の影響が先ず考えられる)事実上の使用収益によつて得られる利益がその対価として賃貸人に支払われる賃料(家賃)を償つてなお余りがあるのが通常であるところよりその利益を受け得べき有利な地位が金銭に見積られて賃借権の価格を形成しているものと解せられるから前記解約による損害は右賃借権の価格を以て賠償額の基準として差支えないものと解する。

ところで鑑定人金沢良平の鑑定の結果によると解除時における原告の前記賃借物件の賃借権の価格は八四四、九〇〇円であることが認められ、これに反する資料はない。

よつて、被告は原告に対し八四四、九〇〇円の損害賠償をすべき義務が前記解除により発生したものというべきである。

従つて原告の損害賠償の請求中右金額の範囲内においては理由があるがそれを越える金額については認めることができない。

五、敷金返還請求について

さきに認定したように酸工商会は昭和二七年被告に対し従前の建物についての敷金として一万円差入れたところ、同商会はその後右賃借権を原告に譲渡し、それに対し賃貸人たる被告の承諾があつたものである。

かような場合においては譲渡人と譲受人と賃貸人との間に敷金関係の承継を排除する合意のない限り敷金に関する権利義務は当然に譲渡人の旧賃借人から譲受人の新賃借人に承継されるものと解する。

けだし、賃借権の適法な譲渡のなされた場合には譲渡人は賃借人の地位から脱退し、譲受人がその地位を承継する。従つて譲受人と賃貸人との間には従前の賃貸借関係がそのまゝ移行するものであつて、敷金関係は賃貸借契約の要素ではないが特約に因つてそれを差入れたときは賃貸借契約の一種の担保関係として、賃貸借契約の一内容をなし当然に移行されると解するのを相当とするからである。

ところで本件の場合においては特に敷金関係の承継を排除する合意のあつたことについては之を認むべき証拠はないから前記一万円の敷金関係は原告に譲渡されたものとみるべきで、(原告は右敷金の発生原因についてはかく主張していないが弁論の全趣旨に照し予備的にかかる主張をなすものと認める。)又原告が被告に対し従前の建物に対する賃貸借の敷金として五万円を昭和二九年九月二七日に差入れたことについては当事者間に争のないところである。

さて、従前の建物についての敷金については(その額については争があるが)その賃貸借契約を解消した際これを本件建物の一部についての賃貸借契約(その賃借物件の範囲については争があるが)の敷金に充当する旨の合意が成立したことについては当事者間に争のないところ本件建物のうち階下中央の一戸一〇坪と二階奥四畳半一室についての賃貸借契約が昭和三一年二月二五日の経過によつて全面的に解除になつたこと前認定のとおりであるので右解除によつて本件建物に関する賃貸借が全面的に終了したものといえるから被告は原告に対し前記敷金六万円をその返還期限が到来したことによつて返還すべき義務が現実に生じたものというべきである。

六、結論

以上判断したとおり原告の本訴請求のうち、被告に対し損害賠償として八四四、九〇〇円敷金として六万円以上合計九〇四、九〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三一年三月一二日からその支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 水谷富茂人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例